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未来へ繋ぐ今日   アメリカのスーパーリッチ 「私達に税を」 なんで?

 日本の大金持ち40人と、下から数えた金の無い6000万人の金融資産が同額だそうです。2016年統計なので、これが20~30年先には「一億の日本人の最下層」と40人の大金持ちの金融資産が同額なんてこと、今のスピードで格差が拡大すれば、結構現実実のある話しです。

 こんなに格差のある経済社会が正常に機能するわけがないのに、安倍さんは一向に格差是正の解消に向けての政策を打ち出さないばかりか、累進課税を否定し、格差をひろげる、大衆課税の消費税増税には熱心です。

 そんな私の苛立ちのなかで届いたアメリカからのニュースが二つ。

 ひとつはアメリカ18人の超超富豪たちの「私たちにもっと税を」という書簡が公開されました。

 日本円で50億以上の資産の人には2%の1億円以上の税を、資産1000億(ビリオネア)以上の人からは3%の30億円以上を課税したらって話です。アメリカ人の90%の富を持つ7万5千人が対象で、書簡の中心的提案者で世界的な投資家のウォーレン・バフェット氏だけでも、毎年約2700億円を納税することになります。

 1年で30兆の税収になると言います。日本の一般会計の税収は100兆で、所得税と法人税を足した金額が約30兆です。その大きさが分かりますね。これを10年続けるとなると300兆。ウォーレン・バフェット氏で2兆7千億円です。

 この税収増で、アメリカの環境、医療、育児、教育、住宅所有など格差などが改善され、アメリカが健全になるというのです。

 これは次期アメリカ大統領の与野党候補者全員に、富裕税創設への賛同を求めたものです。

  金持ちの「慈善事業」の枠をはるかに超える金額に驚きました。同時に、そもそも富の配分方法、収入への課税が適正でないことが問題なのではないか、って疑問を持ったわけです。

 そう思っているところにもう一つのアメリカからのニュースでが届き、こちらの方が私には驚きとなりました。

 アメリカの大手の企業の経営者で構成する経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」の宣言です。

 「これまでの『株主至情主義』を見直し、従業員や顧客、取引先、地域社会を含むすべての利害関係者の利益を重視する新たな行動原則を公表した。」というものです。モルガンやアップル、アマゾンのCEOなど181人が賛同した中、採択されました。

 大金持ちの資産の多くは、この異常な「株主至上主義」によってもたらされました。この「株主至上主義」は1978年に起源があり今日まで「ビジネス・ラウンドテーブル」の原則でした。約40年も続けられ、巨大な格差を生み出してしまったのです。

 しかし、なにゆえ、アメリカの金持ちと、しかも財界までもが、自らの富を手放すことになる提言を行うのか。私の最大関心事はそこなのです。いくら格差に心を痛めたとしても、彼らをつき動かしている理由はなになのか。

 その答えはアメリカの政治意識の変化にあると、わたしは診たてました。

 現在アメリカは2020年の大統領選挙に向け、特に野党の民主党内の候補者争いで盛り上がっています。なんと大統領選挙のキーワードは「社会主義」です。

 ギャラップ社が行ったアメリカの18歳から29歳の若者意識調査で、資本主義への好感より社会主義への好感が高いことが分かりました(2018年)。51%の若者は資本主義より社会主義が良いと応えています。格差を是正するなど、社会システムの変革を若者は求めているのです。

 しかしソビエト連邦の崩壊で世界の社会主義・共産主義体制と政党は「崩壊」したのではないのか。アメリカ共産党もソ連派で、ソ連の崩壊により崩壊したはずです。
 
 崩壊した「社会主義」のはずなのに。アメリカの若者にとって社会主義となになのか。

 若者は、アメリカの大企業の儲けの「自由」ではなく、それを規制する「大きな政府」(東洋経済誌、安井氏)を「社会主義」体制と見立てているようです。大きな力で資本がコントロールされ、雇用が保障され、環境破壊の進行を食い止めることをのぞんでいるのでしょう。モデル国があるわけではないのですね。
 
 この間、若者は最低賃金の大幅引上げや再生自然エネルギーの普及の先頭にたち、そしてそれを実現してきています。さらに若者は選挙を通じて、それらを法律制定によって促進しようとしています。だから民主党のバーニー・サンダースのように、民主社会主義を自認している候補者などを熱烈に支援しています。若者の動きに押され、他の民主党有力候補も「社会主義的」要求を掲げているのです。

 富裕税や大企業への課税強化より減税を行っている共和党とトランプ大統領。仮に2020年の大統領選挙はトランプ氏が勝利したとしても、アメリカの若者の意識の変化が積み重なると、少なくても、2024年の選挙は「社会主義・民主党」が誕生する可能性はあると、わたしは思っています。

 アメリカの大富豪や大企業もこのアメリカの若者の意識の変化に危機感を感じていると、思うのです。「これで勝てる。」「社会主義」を民主党攻撃の材料とみて喜々としているトランプは、「何も分かっていない」と。

 これが、富裕税と「株主至上主義」修正の動機だと思います。

 日本だって、野党共闘がもっと拡がり、若者の格差是正や雇用の安定をもっと明確に政策化すれば、アメリカの若者の変化が日本にも来るんではないかと。野党共闘の勝利が連続している東北の現象をみていて、最近少し思います。

 そして孫正義さん達が、「私たちから富裕税を取ってくれ」なんて言い出したりしてね。「孫さん! 3%720億円ですよ!」



 
 

 
 
 

 
 


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未来へ繋ぐ今日 高齢ドライバーの解決 日本再生ものがたり

 初めて車を運転した日、日本中のどこにでも行けるという喜びで胸がいっぱいになりました。家族や友人を乗せることの喜びもひとしおでした。

 しかし現在、車をこよなく愛してきた高齢ドライバー達が社会から「排除」されようとしています。彼らは多額の経済貢献をしました。小さい家一軒ぐらいは買える金額を支払った人も多いのではないでしょうか。車を活用して、家族サービスや社会活動も行いました。親孝行にもつながりました。

 そして今、交通事故の張本人として免許返納の脅迫を、家族から、社会から受けています。なんでこんなことに、って困惑している高齢ドライバーの気持ちは、もうじき高齢ドライバーの仲間入りをする私だけに、分かる気がします。

 高齢ドライバー問題の解決はどうしたらよいか。百人百様の答えがあるでしょう。

 私にとって高齢ドライバー問題といえば、「これだ」ってことがあります。

 私の出身地、熊本の阿蘇外輪山・南麓の同じ集落に住む、おじさんの車問題です。おじさんは母のいとこです。おじさんは私の幼い頃からよく家に遊びに来てくれて、笑わせるのがとても上手でした。子どもたちが家を出てしまったあとも、私の母が死んだ後も、一人になった父の話し相手であり遊び相手でもありました。

 おじさんは私の家より外輪山に近いところに一家で住んでいるのです。つまり「ポツンと一軒家」です。私の家はバスにも乗れますが、おじさんの家はバスに乗れる距離ではありません。

 おじさんの移動手段はご自慢のオフロード車です。この車で父を迎えに来ていろんなところに連れていってくれました。

 そして今。高齢ドライバーの事故が続く中、おじさんも家族から条件が出されました。「町内(行政区)」の移動だけ。これがおじさんに許された行動範囲なのです。おばさんも近々までバイクでバス停まで自力で通っていました。しかしあるときバイクでこけ、バイクを起こせなかったことで、バイクとおさらば。今はもっぱらおじさんの車だけが頼りです。

 今後、ちょっとした事故にでも合えば、おじさんの免許も返納ってことになるのでしょう。

 そうすれば、おじさんどうするのかな。幸いおじさんには同居する息子がいて、頼めば最低限の移動はできるので、悲壮とまでは言えないのかもしれません。

 問題はこの息子さんがおじさんの年齢になって免許返納となった時は確実に孤立しますね。20年もすればそうなります。

 電車どころか、バスもない、車の存在こそが、おじさんが山中に住み続けられた、最大の要因だったのです。おじさんの家だけでなく日本の農村は程度の差こそあれ、田畑の近くに家がくっついて存在しています。「車」が前提の社会構造です。職住接近・職住一体がヨーロッパと違う日本の特徴です。

 人口が減り、集落から小学校がなくなり、農協がなくなり、「町営バス」が毎日来なくなり、郵便局がなくなっても、何とか「自治体」が存在できているのは、車のおかげなんです。高齢者が運転しているおかげなんです。町の中心地も商店街はとっくになくなり、幹線道路に大きなスーパーがぽつんとあるだけです。

 十羽ひとからげに高齢ドライバー問題を論じることはできない理由が農村にこそあるのです。

 そこで私は思うのです。限界集落と言われる中で故郷を守ってきた日本中の高齢者を孤立させずに、自治体を存続させる方法が何とかないもんかと。

 提案です。
 農家が自分の農地に沿って点在するやりかた、やめません。職住分離の決行です。みんなが町の中心部に住んだらいいんです。田畑には小屋があればよく、車で通うのです。こうすれば中心地は今よりまとまった人口になります。これでできることが増えます。また数だけではダメで、「最低限の施設を置く」との法律の制定が必要です。町を定義するのです。

 町には、近くに生鮮三品の店があり、保育園があり,小学校があり、中学校があり、病院があり、図書館があり、バスがあり、公園があり、文化施設がなければならないのです。そして町に住む全ての人が気軽に恩恵を享受できなければなりません。幼い子も、高齢者も。車なんかなくていいのです。

 家も持ち家でなくてもよいのです。森林の無い自治体ははありません。個性的で、木であふれた公営住宅建てましょう。魅力的な木造集合住宅も建てましょうよ。低家賃で生涯をすごせば、お金の使い道、もっとひろがりますよね。

 電気も町で発電すればいいんです。材料は「ただ」です。水力や木質バイオマス発電のできない自治体はありません。電気代が水道料金みたいに安くなりますね。電柱も自分たちで失くせる時代はきますよ。電線、電柱のない町、絵になりますね。火山列島です。温泉もほりましょうよ。どの町もテルマエ・ロマエです。町の中心部の道や広場、路地は石畳でいいんじゃないんですか。近くに山の無い町はありません。石のない山はありません。魅力ある街中商店街だって復活です。目の前が畑です。少なくても野菜は「ただ」みたいな価格で売ってある。嬉しいじゃないですか。基幹産業は、って思いますよね。林業とその関連産業です。日本の面積の7割は森です。森の管理は産業足り得るのです。
 
 高齢者だけでなく、町全体が孤立化しようとしている限界集落。この集落の再生を考えたとき、都市も含めた交通のあり方、高齢ドライバーのありかたも見えてくんではないかと、私は思うのです。
 
 



 







 

 
 
 

未来へ繋ぐ今日 はやぶさ2の成功とホモサピエンス

 はやぶさ2がやってくれました。って何を。そう思っている方も多いと確信しています。

 はやぶさ2はリュウグウの調査に行きました。リュウグウは約900メートルの太陽系の小惑星です。いつかは地球に衝突して大規模な被害与える危険な惑星でもあります。
リュウグウの大きさ
左の天体がリュウグウ 右の天体はイトカワ  FROM ハヤブサプロジェクト 


リュウグウの位置
 FROM ハヤブサプロジェクト 

 はやぶさ2の究極の目的は、やがて人間が火星に住むための足がかり研究だそうです。ただ当面の目的は小惑星リュウグウにあると推定されている水と有機体を含んだ岩石などを持ち帰ることです。

 つまり地球の生命誕生の解明です。

 地球には多くの小惑星の衝突があり、その惑星の中にリュウグウみたいに水と有機体を持ったやつも衝突し、それが地球の生命体のもととなった、と推定されています。リュウグウに水と有機体があれば、地球以外の生命体に出会える可能性が広がるってことです。あとは無事に地球にはやぶさ2が帰還できることが肝心です。

はやぶさ2 宇宙科学研究所
出典 宇宙科学研究所

このはやぶさ2の成功の裏には日本の宇宙研究者の高い団結力があったと、NHKの番組で紹介されました。はやぶさ2計画そのものが断念に追い込まれるほどの窮地からの大逆転だったそうです。

 具体的には、先ず、組織の壁を乗り越え、3つの宇宙研究所が共同したこと。次に批判を取り込み、日本の総力を挙げた取り組みにしたこと。最後に、周到な準備を重ねたこと。結果600人にも及ぶ研究集団となり、それが心一つになった。つまり誰の目にも「成功する」というしかないほどの道すじが描けた、ということです。

 46億年にも及ぶ地球の歴史に対して、人類の歴史(ホモサピエンス)はわずか200万年です。人類がいつまで生存できるかは地球の環境次第でしょうが、地球だけでなく他の惑星での生存が選択肢になれば、人類の歴史は案外長続きするかもしれません。そうなれば、今回のはやぶさ2の成功は歴史的な一歩になるのでしょう。

 同時代に生きたネアンデルタール人に比べ、生物学的には劣っていたホモサピエンスは、道具の連続的発明によって、絶滅を免れました。連続的な発明を可能にしたのは、弱さがゆえの大規模な集団生活にあったと言われています。さらに、一つの道具の発明が、その集団を乗り越え、他の集団の共有財産になったことが、ホモサピエンス全体を生存させたというわけです。

 はやぶさ2で見せた、共同の目的のために見せた人間の高く崇高な団結力の教訓が、いがみあいの続く世界にも必ずや広がると思います。

 


未来へ繋ぐ今日 ピンコロの美学と補聴器

 熊本には、”ばってん荒川”というコメディアンがいました。キャラである、お米ばーさんは最高でした。
そのお米ばーさんが熊本で流行させた言葉に、ピンコロ、があります。ピンピンと生きてコロっと死ぬ、です。ピンコロ自体は全国的に有名ですが、熊本では”ばってん荒川が広めた”言葉でした。確かに、かくあるべし、と思うこのごろです。
 
しかし、そうなっていないのが、世の中です。

 年を取るとみんなが、膝が痛い、腰が曲がる、目が見えない、歯が痛い・無い、そして耳が遠くなる。年を取るのは嫌なことばかりです。加齢という都合の良い二文字に託けて、お医者さんも「御年ですから」の一言で片けます。「御年ですから」の医者の言には身内から「年齢を問わず、苦痛の訴えに真摯に声を傾けないのは医者の任務放棄だ」と批判もあります。同感です。
 
 加齢由来で、今注目されているのが、難聴です。お芝居で老人らしい仕草といえば、耳に手をやり何度も聞き直すというのがありますね。この場面は老人の特徴を良く捉えた、ある種微笑ましい場面として描かれたりしています。

 ところが、難聴は、高齢化社会のなかで深刻な問題を引き起こしている、というのです。

 日本人口の20%が70歳以上で、2618万人います。その半数が難聴と言われていますから、実に1300万人以上もの高齢難聴者がいることになります。多くの人がコミュニケーションを含む生活の質を落とし、うつ病や認知症を引き起こすと考えられるようになり、社会問題となってきたのです。

 現在難聴の回復の決定打は補聴器の早期装着とされてます。白内障は手術で視界、視力の改善します。目と耳の違いです。

 じゃあ「補聴器を装着すれば難聴問題は解決するじゃないか」という事ですよね。しかし、そうなっていない。特に先進国の中では、日本の補聴器装着率が極端に低いため、社会問題となっているのです。英国47,6・フランス41・ドイツ36,9・米国30.2日本14,4%、日本は補聴器後進国です。

 装着率の遅れの原因はまず高いこと。両耳に必要な人は尚更高い。15万円から50万円ぐらいです。人生で一回の買い物ではありません。補聴器の寿命は3年から7年、平均5年です。生涯で何回も買い替えることになります。また電池もすぐになくなり、こまめのメンテナンスも必要です。
 
 この高額な補聴器への公的補助が基本的にないことが、さらに普及を遅らせています。公的補助が可能なのは、両耳とも難聴であり、レベルが平均70㏈(デシベル)以上が対象です。70㏈レベルとは、2m離れた所でセミの鳴く声が聞こえる程度となります。聴覚障害の認定基準です。

 世界では、WHO水準、41㏈以上で装着を推奨されています。41㏈レベルとは普通会話が聞き取りにくいということです。この水準での装着による治療は障がいへの対応ではなく、医療としての対応です。つまり公的補助の対象です。(アメリカには公的補助がありませんが。)

 一方で補聴器の性能は日進月歩。人間の脳が獲得してきた必要な音と雑音を聞き分ける能力を、現代の補聴器は実現しているそうです。
 ただし、装着時期の遅れ、装着して人間の脳が受け入れるリハビリ的訓練(約3か月)に耐える力のあるなし、精密機械を正確に装着させる専門家たちのあるなし、という人為的問題が装着率の遅れとなっているそうです。つまりお金だけの問題でなく、難聴と補聴器への確かな知識が個人にも社会的にも重要ということになります。

 
 私は50台半ばに耳鳴りが始まりました。特に静かな夜には「キーン」と鳴り続けるのです。耳鳴りに気が付いた時、重大な病気と思いすぐに耳鼻科に行きました。「何かに集中している時は耳鳴りは聞こえないのではありませんか」「あまり気しないことです。」との診断でした。すっかり気が楽になり、耳鳴りしていても苦にならなくなりました。
 
 耳鳴りの正体は老化です。聴力の低下は20代以降からと言います。難聴はじまりの信号音でもあります。今まで聞こえてきたものを、脳が何とか聞き取ろうとして興奮して耳鳴りを起こす。耳鳴りがあるおかげで細かな音を聞きとっているとも言えるのです。


 ピンコロの生涯でありたい。すくなくても耳に手を添え何度も聞き返すことの無い老い姿でありたい。技術的にはそれが可能な時代が到来しているようです。難聴と補聴器の確かな知識を獲得する個人の努力。そしてそれを支える社会のバックアップ体制の充実。科学技術を誰もが享受できる社会のため私なりに頑張ります。

 

 
 

 
 

未来へ繋ぐ今日 奥入瀬のトクサと祇園祭

 ブラタモリに触発され、青森県の奥入瀬渓谷に行ってきました。30年以上前に十和田湖に行ったんですが、うかつにも奥入瀬には足を延ばさなかったため、「なんてもったいないことをしたんだ」って結構周りから言われました。
 「徒然草で石清水八幡の本殿を参詣しそびれた仁和寺の法師そのもの」と強く後悔していましたが、先達をブラタモリがしてくれたのです。

 巨大なマグマ溜りからの噴火により広大なカルデラとなった十和田の山底には、水の出口が一つも無かった為に、大量の水がたまり続けました。そして終に奥入瀬の一角が破れたとき、巨大洪水が発生し、V字ではなく、U字の谷を作った。それが奥入瀬川でした。この川の上流域14キロ部分が奥入瀬渓谷と呼ばれているものです。

 また奥入瀬川の水は、そのほとんどが十和田湖の水です。十和田湖も湧水が主体と思われています。そのため奥入瀬は大雨の時であっても、流量が安定しており、そこに住んでいるもの達が流されることが少なく、特に植物が育つにはこの上もない環境となりました。
 U字谷のため光も差すなか豊かな水がコケを繁殖させました。火山岩に覆われた渓流の岩山も苔に覆われ、苔石に変貌しました。その苔が植物の温床となりなり、川に転がっている岩上にも、木が数多く成育しています。

 渓谷美はどこにでもあるでしょうが、山行ではなく、沢登りでもなく、革靴でも川そばを散策できる。そして大きな岩が散乱する流れを、苔たちが森のような川に変えた。これぞ奥入瀬の奇跡と絶景。
 
 そんな奥入瀬の風景を楽しんでいる時、中洲生えているのがトクサとの案内がありました。

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奥入瀬の中洲の木の根元で尖っているトクサ

 トクサ? もしかして、祇園祭の木賊山のトクサ。すぐさま検索しましたが、やはり木賊山のトクサでした。祇園祭の時、鎌を持った物騒な老人の異様さをいつも感じていましたが、その鎌で木賊を刈っている姿なんだって、奥入瀬に来て分かったんです。

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足元に生えているトクサと鎌を持った老翁 木賊山


 すぐさま、なんで木賊を刈っている老人が、御神体なんだって思いますよね。
 木賊は謡曲の一つです。生き別れた親子が、やがて信濃の里で再会を果たす、父子の深い情愛を主題にした感動の物語です。木賊山はそれを題材にしたものだったのですね。

 トクサは「砥く草」とも言われ工芸品などの研磨器だったそうです。現在でも柘植串やクラリネットのリードなどを研ぐには欠かせない優れものとしての役割を果たしているようです。木賊山の老人は、トクサを刈って、研磨材を作る職人だったのです。

 さらに疑問が湧きました。180曲もある謡のなかから、祇園祭りの山になったいきさつって何だったんでしょうね。この鉾町に多くのトクサを商いする店があったから?。そうだ!鉾町に聞きに行けばいいんだ。今年の祇園祭が楽しみです。
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